(つづきです)(作文に疲れてきてだいぶ粗い、推敲せず!)
グンと話を戻します。
何をすべきなんだろう。といつもと同じように動くぼくが、
じゃあ今回は具体的に、どんな安易な後付け行動を起こしたのか
ひとつひとつ作品さんの役割について
ヒントというかメモを羅列していきます。
あ、まちがえました。ぼくが、ってわけじゃないのです。
もうやることなんて、そんなだれでもだいたい決まってます。
必然(自然のなりゆき)の基、障り(不自然)を無くしていく。
繋げるというより、穴を埋め、橋を直し、壁を壊していく。
こんなあたりでしょか。
いや、これができなかったから、残念がってるんですけどね。
力不足。
では、、
・【賽銭箱】
会場の中、銀行の金庫がある壁の脇に設置。
もともとは去年、
作品でお金を得る方法を考えていて作った作品。
ちょっとだけ儲かる。貯金箱の亜流。
ちょっと言い過ぎた。
お金入れてもらったらたのしいなと安易に思い立って作った作品。
銭を勢いよく投げ入れると割れかねないので注意。
お寺をイメージしたデザイン。もう、そう言っちゃう。
当然使える。
いちおう、今回の中ではメイン。
金庫を主役として、脇役にいるだけで、
金庫というもともとある大作品の一部になろうともしている。
グミの空間が金庫ありきの場所な気がしたので、
金庫をどうにか操れたりできれば、
そこにぶら下がることである程度存在意義を得られるし、
裏の主役っぽい立ち位置も確保できるだろうと。
あの空間、祭壇のような立派な雰囲気まででていたからね。
なんのこっちゃ!
明らかに敷居の高いアート空間に変貌してしまっている会場に、
あくまで、
ほんとに賽銭箱がおいてあるだけですよ、金入れてったら?
といいつつ、
でもそんな人に体験させるのが狙いの作品なんかではなくて
ただの陶器のかっこいい賽銭箱つくりたかっただけですよ、
とも同時にいわせることで、
作品見に来たと思っている人たちを素の振る舞いで迎え撃ち、
不安にさせることが戦闘パターンだったりもする。
お金を捨てるつもりで入れていただければ本望で、
お客が羨むほどでもない小遣いが作者の懐にも入る。
金の偶然の流動などそんなものであろう。
そして賽銭箱には四つの南京錠がかかっていて、
同時に鍵を設置しておいたので、逆に盗むことも可能。
しかし鍵には大量のダミー鍵と手に取ると鳴る鈴が付属し、
受付からぎりぎり死角に設置してある。
是非盗んで欲しい。盗まれても対した額ではないし、、
スリルに比例した小さな罪悪感のみを与える。
フィクションとノンフィクションの間での小ちゃなゲーム。
と、いうような話を、見に来た人にするためでもある。
まず受付の人に聞いちゃうからね、マジなのですかと。
実際鍵開けた人はいたけど本気で盗むような人はいないので、
そんなひといたら会ってみたいな。
という具合に、作品を素材としてなんか楽しんでますよ、
でいいんじゃないかな、とは思う。
いやらしいとか言わんといてよ。次行きます。
・【仏像群像】
去年9月にやった展示用に作ったろくろの小さな人型置物たち。
古い木材に見えないこともない、炭化焼成にも似せた、
でも実体は電気窯での一般的な酸化焼成のやきもの。
特に意図があってつくったわけでもないが、
なんせ人型でちょっと神秘的というだけでキャラが強い上、
種類もたくさんいるので非常に使いやすいため採用。
うわあキャスティングみたいやなあ。
多数を金庫に設置し、祭壇に八百万おりますよ的にそこに居られ、
みんな一斉に金庫の前に立った人を見つめる。
賽銭泥棒とちょうど目が合う角度で。
サイズと色のせいで一見視認しにくくなっている。
また会場の隠しキャラとして、
見つかりにくい場所に何体か姿を忍ばせていたりもした。
みつけた来場客、おったんかなあ。
でもね、一体一体はけっこう、冗談でない表情してたんですよ。
・【机皿】【最低限置時計】【ロマネスク地蔵】
【巨大マグネット】【鼻入】
特に解説もなしに、会場内に散らばっていた作品たち。
いちおう、
菊谷くんのちゃぶ台に描いた絵の前にちゃぶ台の机皿、
清水くんの古典絵画風の絵の前にフレスコロマネスク地蔵、
な具合で、なんとなく対応するところに作品が置かれていた、
まあそれだけのこと。ノイズです。
説明は、省きます。
・受付、ロビースペースのいつもどおりの作品展示。
本来、作品をみせたいならば、アート空間にいるのはまずい。
ふつうに明るい場所で、触れるような商品として、遊ばせる。
まったく売るとはかぎらないけど。
ぼくも時々いたりして、おしゃべって、まれにあげたりもする。
というわけで、おみやげコーナーのような、敷居の低めな、
じゃまになるくらい、ただ素で作品が置いてある場所。
ここの説明は、前回
「黄金の国ジパング展」あるいは
「ギャラリー点の階段の下へ展」と被るところがほとんどなので、
今回語るのはやめておく。
重要なのはおそらく、
部屋の中の暗いアートスペースがホンモノ、
受付のある外のこちらはたいしたあれではない、
みたいな関係性の認識を、その相対関係はたしかにあって、
いやいやでもそんなでもないぞと思いたいというか、
表と裏の関係性を気にしているところなんだろう。
ああうるさ。
とにかくものをまず単純にものとして楽しみたい。
それを叶える場所であるはずなので、ここでも少し紹介する。
【ジッパー急須】
ジッパーで蓋を開ける急須。
やきものの硬いボディをタグを引くだけで裂くことができます。
粋でかわいい鯛焼柄。
今回の看板商品です。幹部になった気分です。
ジッパーは接着剤で取り付けてあるので、改良の余地ありです。
【全部蓋急須】
本体が蓋の急須。否、蓋が大きくて本体を包み込んでる急須。
よくわからない素材感。よくわからないおもしろさ。
【大損急須】
ダイソンの羽のない扇風機に対抗して作られた、
口から向こう側が見える急須。
【つまようじ立て】
つまようじを立てる器。
ぐいのみ樽型、長方形型、一本立て用、5000本超用、
新しい爪楊枝ライフの提案も兼ねて発表です。
用途に合わせてお使いください。
【缶コーヒーのとって】
缶コーヒーをお上品に、安全にお飲みいただける。
あたたかすぎる缶コーヒーでも大丈夫。
昼下がりのオフィスで自分へのご褒美に、
お客様にお出しする際に、幅広くお使いいただける。
【クーラーボックス】
やきもの製とても重量級な高性能保温クーラーボックス。
氷と、ペットボトル一本が入ります。
【イーゼル】
おみやげコーナーのハガキを立てる小さなイーゼル。
【おみやげのストラップ】
校長、扇風機、うさぎ、ポタリーマークの四種類。
【ケーキのギフト】
スタッフへの差し入れ、割れてしまっているやきものケーキ。
【かわごとバナナ】
食べられない熟したバナナ。ギフトもあるよ。
【ポストカード】
仏像群像とゴールデンフォーマット、二種類ご用意しました。
【画鋲皿】
大きな、画鋲です。穴を開ければ、刺せます。机に刺せば、皿です。
陶器の天板全面に真鍮箔が施してあります。ニードル部分は木製です。
会期途中から参加させまして、天板しか仕上がっておらず、
未完成品を机に置いておきました。皿みたいに。
画鋲にかぎらず、
完成した作品も、売り物になる作品も、
まだ使り作りかけの作品も、開発途上の作品も、
みんな同列に出品した。
また、会期中に作品を追加したり、引っ込めたり、手を加えたり、
できるだけなにもちゃんときまってはいないように扱った。
ここでちょっと、
作品は進化していく
ということについて書いておく。
作品の進化を見届け、その条件となるのが作者。
これは、説明が後付けという宿命を背負う以上、
言い訳を取り込みながら発表されていくことでもある。
客観的で主観的な更新。
展示は時間経過のなかのひとつの点、
見る人からすれば断面として扱われるかもしれない。
究極タイムオーバーで切り取られた日常でしかない。
(これはただ今の四井卒展の根本姿勢であった。)
作品とはなんぞやと、展示とはなんぞやと、
その状態をいうところが答えだ。
状態とは水であり、氷であり、水蒸気であり、
土であり、急須であり、
急須に接着剤でジッパーをひっつけたものであり、
ジッパーで開け閉めできる新機構の急須である。
この変化のことを進化と言ってる。経験値が増えているから。
ピカチュウとライチュウは同じ個体が、
経験値や他の要因により目にわかる形で変化した姿。
しかし一般的に「作品」の進化というのはこうではなく、
トライ&エラーでよりよいものをと何度も何度も
作者の思惑により一致するものをピックアップされ、、
より上位のものを進化後としてその系統のトップに置く。
それはあまりに作者中心のような気もする。
失敗も成功もほんとはありゃしないなかで、作者にあるのは、
こいつ自信持って生きてってほしいなという親心である。
できたものはできたものの力しか持っていない。
なにかなりたいものがあるのなら地道に変化していく。
その個体自身が何度も焼き直され接着剤はがされ塗料塗られ、
理想に近づいていく。代わりはいない。
そんな合間を、展示では見られている。
はずかしいだろう。不本意だろう。
見られるためにやっちゃいないだろう。
作者も親なら何度も辛い目に遭わせることなく成長してほしい
と願うべきである。ごめんね、腕が未熟で。
作者も我が子を信ずるなら
成長途上でも他者に預けるべきなのかもしれない。
だれがどうやって作品を進化させてくれるかはわからないから。
作者にできることを考えてやる他ない。
つまり展示は、この結果は、いまの状態です。
いってしまえばこの説明は、
作りかけ作品、またその周りのあれもこれもを擁護するため
そういうしかないという言い訳なのです。
また作者がプロであろうとする事は、
作品側からしたらぜんぜん別軸のお話なのです。
別軸であるからこそ、こねくり回した言い訳なしに、
素直にちゃんとしてろよ、と言えるもんだと思うです。
プロになるのは自分の問題で、素直にくりかえし、
体が自然と一体に近づいてくことなんでしょうねえ。
おっとはなしがそれました。
あきらかにつかれてきたなあ。
(ここまでしか書けてないので続き書かなくちゃだ。)
(、、、つづく)