2010年 07月 21日
新しいベンチの悲しさ。 |
いつだっていいことをしたというのは無意識だ。
やってやったことがみのるのは、
そこで意図が及ばなかった
周りにくっついてきた事にも
大変な価値があるおかげだ。
ほんとにほんとにむずかしいことだよ。
意図した事をほんとうにいいことに乗っけるのは。
現代と言われる時代がどうしようもないわるいことが増えてきているようにみえるのは
いい事も増えてただしさに飲み込まれているからだよたぶん。
それが悲しいこの新しい世の中。
なにを言っているのか。
なんかそれらしく書いてみたかっただけやよ。
岐阜の駅に一応仕事でぼちぼち行ったりしとるけど、
周りに新しい施設増えたね。
公園とか、ビルとか、信長像とか。
いやそれはよいんやけどね。いや全然よいよ。
ただひとつやっぱり変わったところにぼくもひとつ文句がありましてね。
あんまり問題指摘みたいなこと思わん方やし言わんようにもしとるけど、
たまには否定的な意見というか、棚の上からほざくというか、もの申させて。
ベンチですよ。
わしが気にいらんのは。
新しく設置されたベンチって全部、横になれないようになっとるんですよ。
そういうデザインなんですよ。一人分の幅で手すりみたいな区切りがつけてある。
酔っぱらいとかが寝ないようにするためなのかな。これが好きじゃない。
で、今回いよいよ末期だと感じたのは、南側の公園の端にあるベンチ。
区切りがある+イスが座ると外側にずれ落ちる角度なんですよ。
座っても寝れないんですよ。5分くらい座ると、立ちたくなるんですよ。
いやべつに寝れんベンチなどクソだと言いたいわけではなくて。
もう本末転倒というか、なんかきつくて、悲しくなりましたよ。
いや、まあ、今日はこれを文句の対象として吠えているぼくも、
「座りにくいいすをあえて設置した」とポジティブにとらえて
おもしろいな、よくやるな、と関心すべきなんかもしれんけど、
絶対街作りしとる本人たちはそんな余裕なく「本気の対策方法」
としてこのベンチを「つかった」でしょう。遊びじゃないでしょう。
公園ていう楽な空間を作ろうとしているのに楽しさの逆を感じたのは
ものづくりの大原則、作る人が表れる、を、わかってないのではと思ってしまう。
公園はこうあるべきという意図がどんどん明確にデザインされていく。
公園が遊べる場所から、遊ぶ場所に。ありがたいですけどさ、
いいんですけどさ、うーん、ものて、こういう変わりかたしてくもんなの?
と、作られた場所のまずさを思いながら10日に天命反転地行ったら、
ああこんなところもあるなら大丈夫やと思えました。
もっとじわりじわりと目立たない天命反転地がうまいことあればいいのに。
書いているせいで自分の考え方が偏ってきたなあまずいなあ。
つまらんなあこんなこというのは。まあいまはそういう時期ですぼくも。
いややなあ同じことばっかいっとるみたいで。ああややなあ。
書くっていう表現がやっぱりもうオーバー気味なのかもね。
やっぱりもうしばらくしたら一日一便みなおそうと思います。
どちらかの地に足がつきそうなこのこわさ。
by taraijabu4-b | 2010-07-21 21:55 | Trackback | Comments(0)



